死について想うこと~新月の死者の瞑想

昨日は新月のヒプノアロマ瞑想会でした。

この瞑想会は、ヒプノアロマ瞑想に続いて、死者の瞑想を行う、マニアックな瞑想会で、告知もほとんどしませんでしたが、15名ほどの方に参加いただきビックリしました。

 

毎回参加してくださるツワモノもいて、日程をアップしてないでいたら、クライアントさんから「4月はいつといつが満月、新月ですから!」と催促いただきました(笑

本当に感謝、感謝です☆

 

死者の瞑想は、私が体外離脱のセミナーを受講しにアメリカのモンロー研究所で学んだ時に体験した瞑想を元にしています。

 

自分が死ぬ、その場面を観た時は涙が溢れて本当に自分の肉体への感謝が沸き起こってきました。

今回も、涙ぐまれた方が何名かいらっしゃいました。

 

自分が死ぬ時のやり切った感がすごくて、死はセレブレーションだなぁ~なんて思ったものです。

そんな気持ちで死ぬために、明日死んでも後悔しない生き方をする!と誓いました。

 

死はいつも身近にあって。

元々はインドで暮らしていた時に、ベナレスという河のほとりにいたのですが、ガートと呼ばれる川沿いで死体を毎日焼いていたのです。

 

インド人はガンジス川で死ぬと輪廻転生から解脱できると信じているので(これを知った時は「なんて安易なの~!」と衝撃的でした!)、全国から死期を悟った人達が集まって、自分の死期を待つ、そんな特別な聖なる場所でした。

 

私は毎日、目の前で死体が焼かれるのを観ながら、不思議な心地よさを感じていました。

心が安らぐような、死が身近であることで、癒やされていくような感覚です。

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この話をすると、人から「気持ち悪っ!」って思われるよな~とも思っていたのですが、お釈迦様が同じように死体焼き場の前で毎日瞑想していたと聞いて、「わーい!一緒だ!」と安心したものです。

 

日本に戻ってきたら、死が生と分断されていて、見えないように蓋をされてるように感じました。

でも、死って忌み嫌うものじゃなくて、死を大切に思えるから、生がまた大事に思えるというか、ひとつのものなのにな~と思うのです。

 

次回のヒプノアロマ瞑想会は、ちゃんと?日付も前もって決めましたので、参加されたい方は是非どうぞ。

次は新月6月5日の日曜日です。

せっかくの日曜日なので時間は夜ご飯が遅くならないように、いつものように19時スタートではなく、17:00~18:30としました。

 

皆さんと一緒に瞑想できることを、心より楽しみにしています(^_^)

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